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九州5日間の旅

暖かくなり、九州の東部を経由して鹿児島から博多に向け、レンタカーで訪ねる

平成31年4月4日から5日間、妻と一緒に九州を旅行しました。


主な旅行日程

日にち 観    光    先
1日目 中部国際空港→鹿児島空港→青島神社サンメッセ日南鵜戸神宮宮崎市内→ホテル「JALシティ宮崎」
2日目 ホテル→綾の照葉大吊橋クルスの海天岩戸神社高千穂神社→ホテル「ソレスト高千穂」
3日目 ホテル→高千穂峡阿蘇山別府→旅館「山水館」
4日目 旅館→豊後高田「昭和の町」耶馬渓&青の洞門門司港博多駅前→ホテル「ルートイン」
 5日目 ホテル→海の中道海浜公園→大濠公園→福岡空港→中部国際空港 

暖かくなるのを待っていたように出発した。
幸い、5日とも雨は降らず、穏やかな日々でした。

九州はさすが食事がおいしい。
同じ、居酒屋でも名古屋の居酒屋とはでてくる料理が異なり、これだけでも楽しい。
今回は、温泉街の別府と山の上の高千穂峡を除いて、夕食は居酒屋としました。
私の好みとして、ホテル又は旅館の立派な料理よりも居酒屋で注文して食べた料理の方が後の記憶に残っている。

宮崎市の繁華街は名古屋でいう名駅前か栄に相当すると思うのだが、名古屋と比べ、風俗業がすごく目につきます。
同じ、日本でありながら、こんなに繁華街の雰囲気が異なるのが奇妙に思えてくる。

日南海岸は、さすが車で走るだけで南国の気分を満喫でき、爽快。

阿蘇山は幸い規制がなく火口近くまで行けました。
ところが私たちの観光の10日位後に、噴火しました。実に私たちは幸いでした。

今回の旅行は思ったより外国の方が少く思えました。中国などの連休が終わっていたせいかもしれません。

2年前に行った鹿児島から熊本、大分、長崎経由で福岡まで6日間でドライブした旅行と併せて一応九州の主だった観光地は見たことになります。

観光先の写真

青島&青島神社

宮崎県南部に位置し、海岸から少し離れたところにある島が青島。

陸地から橋を渡れば、まず写真のような岩肌が見える。これが「鬼の洗濯板」といわれる奇岩。

この奇岩は、宮崎海岸の他の場所でも見られます。

青島神社は、この島の中央辺りにあります。

青島に渡る橋の近くには、レストランや土産店があるが、数軒であり、観光地の割には少ない感じがしました。

サンメッセ日南


サンメッセは宮崎市の南方にあり太平洋に臨む、高台に位置する。

太平洋を背景にモアイ像が並んでいる姿は絵になる。

見るべきものはモアイ以外特にないが、よく整備された施設にあるため、700円の入場料を払ってもその価値はあると思う。

高いところにある展望台からモアイを眼下に太平洋を眺める景色は「絶景かな、絶景かな」です。

いろいろな事情があって、この場所にモアイが設置されたようだが、いつまでも、誰からも愛されますようにと思いながら去りました。

鵜戸神宮


奇岩、怪礁が太平洋を臨み、荒波が打ち寄せる断崖にたたずむ鵜戸神宮。

本殿は、写真(上から2つ目右)にあるように洞窟の中に建てられています。
こんな大きな洞窟は、自然にできたものか人が手を加えたものか自問しながら参拝しました。

本殿よりも更に洞窟の奥にも、神社があります。(下から2つ目の写真)

祖先の人は、本殿以外に3社を建立したのだが、
こんな自然条件が厳しい環境に、よくも建てたものと感心させられます。

以前、ギリシアの観光に行った時に、メラオラ修道院の一つアギア・トリアダ修道院(一番下の写真)を観たが、それこそ断崖の上に修道院が建っております。

宗教の力というのは、私が想像する以上に凄まじく強いものであることをまざまざと感じました。



「チキン南蛮」(写真のもの)の名前は知っているが食したことはない。居酒屋で注文したが、これまた肉が柔らかくおいしい。
全ての料理で名古屋の居酒屋と違った料理が楽しめ、ホント幸せでした。
宮崎の居酒屋

東海地方では、普通「さば」といえば「真さば」。ところが宮崎では「ごまサバ」の方が一般的みたい。
ところが、このごまサバの刺身は美味しく、鯖寿司も絶品でした。

予定では、「軍鶏料理」が名物と知り、写真の軍鶏専門店に行く予定でしたが、玄関には一切料理名、価格の表示はなく、風俗業の雰囲気すら漂い、店の様子は全く予想がつかない。昔、法外な料金を出した経験を思い出し、断念した。果たして正解か?失敗か?

綾の照葉大吊橋
宮崎市の北西30kmの山中に突然、吊り橋が現れてくる。
長さ250m、高さ142mで歩行者専用の吊り橋。
造られた当時は、「歩き吊り橋、世界一」であったとの事。

橋の近くに建物(写真の通り)と駐車場があり、そこに駐車し、橋を渡りました。

ところが橋を渡り終わった先にあるのは、写真のような案内の看板だけで、これから先は狭い道があるだけ。

遊歩道として利用する以外全く価値がないのではと思います。

でも、これで観光客が来るなら目的達成かな。(事実、曇りであったが、数人の外国人がきていました)

クルスの海


宮崎県の北部に位置し、太平洋に面した丘の上から写真のような入り江が見える。

これが、十字架に見え、その左側にある小島と併せて、「叶」うという文字とみなし、「願いが叶うクルスの海」から「クルスの海」といわれるという。

近隣には、これを上からみる展望台以外は何もない。

先人は、よく見つけ、上手に名付けたものと感心させられた。


天岩戸神社


日本神話で、天照大御神が隠れた洞窟をご神体として祀られていますが、洞窟は写真の西本宮(本殿がない)の拝殿の裏にあり、拝むためには、西本宮の裏にいく必要があります。洞窟は撮影禁止で写真は撮れません。
洞窟の近くは聖域となっており、誰も近づけないため、洞窟周りに草木がお生い茂っており洞窟がよく分かりません。

「天安河原」は、西本宮から300m位離れたところに位置していますが、天照大御神がお隠れになった際に、八百万(やおよろず)の神々がこの河原に集まり、神議をしたとされます。

小石を積み上げると、願いが叶うといわれており、河原にある洞窟の近辺は、いくつか積み上げられた小さな石が無数散在しています。

東本宮が、あったようですが、見逃しました。
東本宮は、天照大御神が天岩戸から出てきた後に最初にお住まいになった場所といわれています。


高千穂神社


約1900年前に創建されたという。

境内の大きさはさほど大きくないが、長い歴史と高千穂の八十八社の総鎮守という事か、奥ゆかしさと荘厳さがそこかしこに漂っている感がある。

境内には、巨大な二本の杉がある。
夫婦が手をつないで周囲を三回回ると夫婦円満・家内安全・子孫繁栄が叶うといわれる「夫婦杉」。
二本の大木だが、根本が繋がっているという。

樹齢800年。長い年月を2本が一つになり絶えてきたという事で縁結びの神として人気があるのが容易に分かる。

写真の木造彫刻は、「鬼八」を退治した「三毛入野命(ミヌケノミコト)」を現した彫刻であり、神武天皇の兄といわれています。


高千穂峡


さすが、高千穂峡。
その昔、阿蘇山の噴火により、噴出した火砕流が冷え固まり、浸食されてできた断崖がそそり立つ大峡谷。

平均80mの高さの断崖が東西7キロに渡り続く。

峡谷内には、滝百選に選ばれている「真名井の滝」があり、その近くをボートで行くことができる。

シーズンオフで且つ朝10時前に着いたお蔭で、待たずにボートに乗ることができたが、祝休日はさぞ、多くの観光客で乗るのが大変だろう。

でも、一度は行ってみたいところと思う。


阿蘇山


さすが、阿蘇だ。
実に壮大である。

かなり離れたところから阿蘇山がみられるが、車で近づき、カーブを曲がり切った時に急に現れた阿蘇山を見るとその壮大さに度肝を抜かれる。
写真には大きすぎて到底撮れない。

幸い、警報が解除されており火口近くまで行くことができ、湯溜り(一番下の写真)を見ることができた。

私たちが行った一週間後に噴火して警戒が強化されたと聞く、ホントに幸運であった。


別府


別府には、8カ所の地獄があり、そのうち、一番設備が充実していると旅館で聞いた「海地獄」(一番上の写真)に行ってみました。
町中に散在する温泉の噴き出し口を「何々地獄」として有料で見れるようにしている事を知りました。

旅館の窓からは、あちらこちらから湯けむりが立ち上る姿を見て、温泉地に来たことを実感しました。

「地獄蒸し工房」が旅館の近くにあり、立ち寄ったが、熱湯のお湯で食材を蒸し、そこで味わうところであり、結構混んでいました。

温泉地は、どこもかっての賑わいは無いように思える。今のように趣味が多様化している時代では、単に「お風呂につかる」が主な目的だけでは人は集まらないのではないかと思います。


昭和の街


豊後高田市は、江戸時代から昭和30年代にかけて、海上、陸運とも交通の要であったため、大いに繁栄したようです。

しかし、時代と共に衰退していく姿を見て商店街の人たちがかっての活気を蘇らせようと2001年に「昭和の町」を立ち上げたとの事です。

40軒程度で規模はさほど大きくありませんが、昭和で育った私にとっては、充分楽しむことができました。

ここにも外国人の団体がきておりましたから、当分観光の町として賑わうと思います。

しかし、もっと規模を大きくし、昭和の生活が体験できるような施設を設ければ、更に人気がでてくるのでは?と思いました。


耶馬渓&青の洞門


普通、渓谷といえば、山に挟まれた谷底の幅が1km以内と思うが、青の洞門の辺りの耶馬渓は、その距離が5km以上あり、渓谷の感じがしない。 でも、山の絶壁は、見事

耶馬渓は、頼山陽が、「山国谷」と呼ばれていた地名を「耶馬渓天下無」と漢詩に詠んだのが、名前の所以といわれてる。その後、日本新三景に選ばれている。

青の洞門は、昔、禅海和尚が、諸国巡礼に立ち寄った耶馬渓が,岸壁を鎖を命綱として通行する人の姿を見て、ノミと槌だけで掘ったといわれる。

洞門の今は、車道拡幅工事により、当時の痕跡は一部のノミの跡が認められる程度です。


門司港


関門トンネルは、新幹線で通ったことはあるが、関門海峡に架かる「関門橋」は見たことがなく、一度その景色を見たいとかねてから思っており、希望がかないました。

門司港は、昔から主要な港であるため、国際友好記念図書館(左の写真)、旧大阪商船(一番下右の写真)のような「門司港レトロ」が散在している。

門司港駅(写真右)の駅舎は重要文化財であり、「足を延ばして訪れて見たい駅」の全国1位に選定された事がある。

鹿児島本線の起点駅であるため、写真(一番下の左)のようにレールの先が建物になっているのはなぜか見ていて楽しい。

泊まってもっと多く、門司港を近辺を見ればよかったと思いました。


博多


博多駅の駅ビルは「JR博多シティ」といわれるだけあり、立派な建物であり、この近辺はさすが九州一であることは納得ができます。

博多駅から少し離れたところに繁華街の「天神」があり、ここの屋台で夕食をとりたかった。今回行けなかったのが残念。

でも、この駅ビルの地下に屋台に代わる食事処が多くあり、楽しい旅行最後の夕食を楽しみました。(一番下の写真は食事処に入る入口)