令和3年06月07日
四十九日法要を終えて
もう二度と味わいたくない四十九日間
妻が亡くなり、四十九日の法要も終わりました。
浄土真宗では、亡くなった日から七日ごとに法要を行います。
初七日、2七日、…、…、7七日(これを四十九日といいます)とあります。
四十九日は、あの世で亡くなった人が極楽浄土に行けるかの裁判の最後の判決がでる日とされています。
この日は、親戚も同席し、お寺に行き、法要後は食事をするのが普通だと思います。
この49日間で、私の心境もそれなりに変わったと思います。
振り返ってみると、当初2週間位は私の場合、妻の死を心が認めようとしませんでした。
これは「おひとり様への旅たち」に記したように、亡くなり方に起因しています。
即ち、入院する前は一日一万歩を目標に生活していたのが、入院して手術後12日で死体になっているのです。
この間、コロナで会っていません。元気に分かれて屍で会う
余りの変わりようで頭でわかっても、心が死を受け入れないのは当然でしょう。
これが、生前、介護したり、寝たきりであったり、病状が徐々に悪化していくとか、
夫婦間の仲が悪く日頃こころよく思っていなければ、このような心境にはならないかも知れません。
この死を受け入れない気持も2週間位経過すると、少しずつ受け入れられます。
でも、まだ、どこにいても一緒にいる気持は変わりません。
私の場合、定年後、トイレと入浴以外は結果として同じ空間にいました。
いて当たり前でした。
二人でいても特に意識をしていないというか、全く無意識に近かったと思います。
この状態から妻が消えても、意識の中に常に妻がいるように思えるのです。
この意識に現れてくる妻の姿がある限り、かなりつらいものがあります。
これを解決してくれるのは、「おひとり様への旅たち」で記したように時間の経過でしょう。
散歩していて、いつも顔を合わせる方から「奥さんは?」といわれて、説明する時、始めの頃は次第に感情が昂っきましたが、
これが時を経過すると次第に少なくなってきました。
49日を経過すると、今まで前向きの考えがなかなか浮かびませんでしたが、少しづつ「これから」を考えるようになります。
「おひとり様への旅たち」で「意識しない」を強調しましたが、このためにやるべき方法を考えました。
まず、今まで疎遠でした地域の活動への参加です。
まず、村寺の掃除に参加したり、イベントに参加するたの予約を入れました。
次は、旅行に出かけることにしました。
今はコロナの自粛期間ですが、解除後に備えて行先の計画を立てています。
三つ目は、一宮地方であるから、考えられるのですが、「モーニング」をかけめぐる事です。
「モーニング」とは、喫茶店ですが、朝11時前に入店するとコーヒー代でパン、ヨーグルト、サラダ、卵等がついてくるのです。
このモーニングは、各店競争でいろいろのサービスがあります。
これを楽しみに出かけるのです。
一人で家で朝食を摂るより気分的にはいいものです。
4つ目は身体の老化防止活動です。
今、ヨガを週一回を行っていますが、これだけでは体力の低下防止にはならないので、今候補に挙がっているのが「太極拳」「フィットネス」です。
5つ目はSNSを利用したコミュニケーションです。
子供、孫は当然、、ヨガとか会社OBとLineとかzoomとかで、メール、ビデオ電話などでお話しすることです。
そして、最後は子供が自分の死後に悩まないように遺言を含む、所有する権利、預貯金、株、、人的関係の繋がりなどです。
例えば、インターネットバンキングの暗証番号一つとっても、残された子供にとってそれを知るのは相当の努力を要します。
これらをすることにより、
これから少しづつでも故人の面影から離れて、新たな課題に取り組む割合が増えてくるでしょう。
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